SPECIAL INTERVIEW スペシャルインタビュー

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いま、ヒューマニクス研究が求められる理由。

ヒューマニクス学位プログラム(筑波大学大学院5年一貫制博士課程)はどんな人材を育てようとしているのか。そもそもヒューマニクスはなぜこれからの時代に必要な学問なのか。本プログラムのプログラムコーディネーターであり、睡眠研究で世界をリードする柳沢正史教授と、日本のロボット工学、サイバニクス研究の第一人者でもある山海嘉之教授に自らの経験を交えながら熱く語ってもらった。

柳沢 正史

柳沢 正史

  • 筑波大学 国際統合睡眠医科学
    研究機構 機構長 教授
  • ヒューマニクス学位プログラム
    プログラムコーディネーター
  • 専門分野|睡眠医科学

山海 嘉之

山海 嘉之

  • 筑波大学 システム情報系 教授
  • ヒューマニクス学位プログラム
    副プログラムコーディネーター
    未来社会工学開発研究センター センター長
    サイバニクス研究センター 研究統括
  • 専門分野|サイバニクス

柳沢>まず山海先生に質問します。このヒューマニクス学位プログラムの最大の売りは、医学系や理学・工学・情報系の人たちと、それぞれの「言語」で会話ができる人材を育てることにあります。1 まさに山海先生はそういう方だと思うのですが、先生がいま取り組まれているロボット。いわゆるエクソスケルトン的なアシストロボットに焦点を当てたのは、どういうきっかけだったのですか?

山海>ロボットやサイエンスはもともと好きだったのですが、それよりも「人」が好きだったというのが大きいと思います。人の一生を見てみると、お年を召してから病気で亡くなる人もいれば、生まれながらの病気で亡くなる人もいます。人間本来の機能をテクノロジーで改善・拡張したり治療するテクノロジー、さらに言えば、医療・福祉・生活や人の進化を支援するサイバニクス技術やロボットやサイボーグを創りたいと考えたのです。私にとって出口は、あくまで「人」なんです。2

柳沢>そういうロボットを作ろうと決めたのはいつでしたか?

山海>おそらく中学生くらいのときには。実は工学と医学のPhD(博士号)は両方取りたいと思っていたんです。

柳沢>まさにヒューマニクスですね。PhDは筑波で?

山海>当時の筑波大学は医学と工学は新設されたばかりで教員の数が多かったんです。だから、ありがたいことに2人の教授に面倒を見てもらえました。1人は新しい工学の分野のシステム制御/血液浄化治療の先生で、もう1人はヒューマンマシン/制御の先生。マスタースレーブ技術でつくった小さなロボット指先で胃壁を触って腫瘍の触力覚を手先にフィードバックするという研究内容でした。

柳沢>そうすると医工学の分野で学位を取られたわけですね。しかし、メンターは2人とも工学部の方々ですよね。生物学や医学といったやわらかい分野の勉強はどうされたんですか?

山海>さすが先生、いいところを突いてきますね(笑)。当時の筑波大学はほかの組織の授業を取ることがルールだったんです。つまり私は工学だったので、医学の授業も取らなくてはならなかった。3 筑波大学医学専門学群長で心臓外科教授の堀先生の授業を取りました。

1. ヒューマニクス学位プログラムの教育課題

医工連携を行うためには、生命医科学と異分野のそれぞれの言語で会話ができ、両者を深く理解することによって新たなパラダイムを着想し、それを実現するために両者を融合できるリーダー人材が必要である。

2. ヒューマニクス研究とは?(図1)

生命の恒常性の原理、個としての「ヒト」の生理と病理を明らかにし、社会のなかで「人」として健康で快適な生活が実現できる新たな科学・技術を生み出す学問領域。

図1睡眠のビッグデータ解析、光遺伝学、装着型サイボーグHALなどは、生命医科学と理・工・情報学の融合により生み出される。

3. ヒューマニクスのプレアドミッションプログラム

学士・修士課程との協働を進め、入学希望者の医学類(6年制)の学生には理・工・情報学分野、理・工・情報学分野(4年制)の学生には医学類での基礎知識の習得と、実習・演習を提供します。

図1睡眠のビッグデータ解析、光遺伝学、装着型サイボーグHALなどは、生命医科学と理・工・情報学の融合により生み出される。

柳沢>堀教授には私も習いました。

山海>工学で受講している学生は私ひとりだけでした。朝7時半に病院へ来いと言われて行くと、カンファレンスが始まっているんです。患者さんのスライドが次々と出てきて、聞いたことのない言葉がバンバン飛び交って。終わったら各患者さんのもとに行きます。いわゆる大名行列です。

柳沢>教授回診ですね。

山海>患者さんのところに来ると、私が工学の学生だと知った先生がどんどん質問してくるんです。「今の人工腎臓の膜のポアサイズはいくつですか?」などと振ってくるから気が気じゃない(笑)。オペの現場に立ち会ったときも、私を目の前に立たせてひとつひとつ説明してくれました。つまり、今のヒューマニクスのメンターのようなことをしてくれていたんです。

柳沢>素晴らしい。

山海>そういう場を若いころに毎週経験させてもらったのはとてもよかったです。タッチのちがう世界が同時にあって、かつそれを優しく受け入れてくれる文化がすでにあったというのは、いま振り返ってみてもとても素晴らしい経験でした。これは、ヒューマニクスに対しても言えることだと思います。

柳沢>つまり、ヒューマニクスはそれをオフィシャライズした学問なんです。山海先生の場合は、たまたま医学の授業も取らなければいけなかったかもしれませんが、工学者が外科の現場に入り込んで臨床の大名行列や手術場を目にする機会というのはふつうはありえません。医工学を学んでいる学生でもなかなか経験できないことです。それが当然のようにできるというのはインパクトが強い。山海先生は、その場で話されている言語にも接したわけですよね。

山海>なにに驚いたかと言うと、誰もその言葉を教えてくれないんです。教えてくれないのに授業はどんどん進んでいくので、結局は自分で学ぶしかない。そのきっかけを提供してくれるのが、最前線のリアルな場である、ということがヒューマニクスのすごいところですね。

生命医科学と理・工・情報学、その両方の言語を扱える人材に

柳沢>今度は私の話をしましょう。私は高校生までは物理と化学だけを学ぶ典型的な理系の学生でした。筑波大学の医学群に入学しましたが、1年生のときに教わった遺伝学の柳澤嘉一郎教授の授業で、現代の生物学がとてもおもしろいものだということに気づかされました。その間には理工系の先生方とも接する機会があり、工学部出身の計数工学の専門家の若い先生のグループに入り込んで、いまでいう医療情報学や数理解析といった分野にも接していました。6年生だった1985年には細胞周期をテーマに英文原著論文も書きました。

山海>相当早いですね。

柳沢>自分で勝手にモデルを考えて、細胞周期を数理シミュレーションして。実験はアメリカのローレンス・リバモア研究所で冬と夏に3ヶ月間ずつ。当時最先端だったフローサイトメトリーで細胞周期を実測して、「Cray- 1」でシミュレーションしました。

山海>懐かしい。当時のスーパーコンピュータですね。先生の時代で「Cray-1」が使える環境はめずらしかったんじゃないですか。

柳沢>高校時代はロクに受験勉強もしていなかったのですが、校内に優秀な理系の自由研究に対して表彰する制度があって。ソフトウェアに強い友人と「絶対それを取ろう」と決めて、二人でパソコンも作りました。アセンブリ言語を使って簡単なインタプリタ言語まで作って。

山海>それはすごい。

柳沢>大学院に入ってからは、実験生物学の研究にどっぷりはまってしまったので、実際に数理系の手法を自分で駆使することからは離れていました。しかし、そのことにはずっと危機感をもっていた。なぜなら数理分野の方と共同研究をしていても、お互いの言葉が通じないことがあったからです。これは非常にマズイと思いました。だから私はこのプログラムを卓越大学院に申請するときに「ダブルメンターにすべきだ」と主張したんです。学生には必ず2人の指導教員を付けて、一方では医学生物を、他方では理工情報を、強制的に学ばせるようにした。4 例えば工学出身の学生には、山海先生とおなじように、1年生のときから臨床医学の現場に直に接してもらう。彼らはまだ若いからエクスポーズすれば多くのことを吸収できます。そういう環境から、おもしろい人材が生まれるのではないかと思っているのです。

山海>両者ともターゲットが「人」というところは合致していますね。自然科学のなかでは人間がいなくても存在するものは山ほどありますが、出口が「人」というのは人間がいなかったら存在しなかった。そういう意味で、ヒューマニクスというのは、あるひとつの方向性をイメージ的に見せながら、医学と工学をひとつの塊として歩ませてくれる場ではないでしょうか。

柳沢>時代的にもちょうどいいんです。私が大学院に入ったころは、生物学はとにかくデータ出しそのものが大変でしたが、omics の時代になり、生物学的なビッグデータを比較的簡単に取れることになりました。いまヒューマニクスにいる生物学出身の学生も、なんとかして数理・情報学を道具にしようとしています。いずれは、ここからもう一歩進んで、また数理の側から生物理論やコンセプトを導くような時代になると思います。

4. ヒューマニクスの完全ダブルメンター制度

国際的に活躍する生命医科学の教員と、理・工・情報学のいずれかの教員とが共同研究を行うなかで、それぞれの研究室で学生に研究指導を行う完全ダブルメンター制を導入しています。また、学生が2 人のメンター教員に対して、異分野の内容を逆の立場で教示するリバースメンター制も行います。

山海>大切なのは、「共に進化する」というインタラクションの軸です。実は大学院の博士号を取るまえは医学を基礎から学ぶために受験しなおそうかと思っていたんです。そんなときに、ある教授から「だまされたと思って医学と連携してみたらどうだ?」と言ってもらった。いま思えば感謝しかないのですが、これが自分の想像を超えるくらい成長を加速させてくれました。きっと柳沢先生も、このヒューマニクスが人を育てるカリキュラムであると見ていらっしゃると思います。医学と工学は本当に相性がいいですからね。

柳沢>例えば、医学は工学を文字どおりツールとして使いますが、実はバイオインフォマティクスという分野をひとつとってみても、真に深く理解している人じゃないと鋭い結果は出せません。そして日本にはバイオインフォマティシャンが極端に少ないのです。数学的な原理まで理解していなければ専門家とは言えないし、そもそも言葉がまったくちがう。生命医科学と理・工・情報学、その両方の言語を扱えることが必須なのです。

山海>ただラベリングされたような表層的な言語ではなく、その言語が頭のなかでしっかり描けていることが重要だと思います。それを語ることで、瞬時に次の段階に飛躍することができる高いレベルの言語。このヒューマニクスは、そういったことを期待して生まれたプログラムではないでしょうか。時間にはかぎりがあるので、最終的にゴールまで辿り着けるかはわかりませんが、少なくとも、ヒューマニクスがきっかけとなって最後までやり抜く人たちが現れるかもしれない。社会のなかで生きていくために絶えず成長していけるような分野になることが重要です。

柳沢>ヒューマニクス学位プログラムは、これまで年に2回入試を行い、2019年の冬入試ではおかげさまで12名の応募がありました。2020年度のクラスには14人の合格が決まっています。入学生はみなさん相当に意識が高いですし、しかも外国人が多い。今回は海外入試も行いました。では最後に、これからヒューマニクスを受講してみようと考えている学生に向けてメッセージをいただけますか?

山海>私からはひとつだけです。自分が目指す道をワクワクしながら開拓し続けていける人になってください。道のりは困難だと思いますが、人生の時間はかぎられています。常にワクワクしながら、その分野の開拓をやり抜いていける人材5であってほしいですね。

柳沢>私がよく若い人に言うのは、とにかく心からおもしろいと思えることを研究しなさいと。自分自身がおもしろいと思っていなかったら、それを人にいくら説明してもおもしろいと思うわけがない。だからこそ、ヒューマニクスを選んだからには、本当に心からおもしろいと思える問いや切り口を追求してほしい5ですね。これをやったらおもしろいから」と誰かに言われたからではなく、「これはおもしろいんだよ」と自慢できることをやってもらいたい。人に理解してもらえなくてもいいんです。「これはすごくおもしろい」と自分を信じ続けることのほうが大事ですから。

5. 本学位プログラムで想定する修了者の将来像(図2)

新たな学際分野を
創造できる研究者

ヒト機能の補完技術を
産業化する起業家

サイバニクス・
情報・
計算科学を
駆使できる
医療人

新たなパラダイムをもって
医療政策を立案する
行政官